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【2026/02/05 05:11 】 |
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ローソン緑の募金と緑化貢献事業
200812181436000.jpg 平成20年12月18日(木曜日)に地元の広戸小学校において、「緑と水の森林基金」事業による学校環境緑化モデル事業の完成式典が行われました。

 この事業は「ローソン緑の募金と緑化貢献事業」の援助を得ておこなわれたもので、学校の敷地に植えられている樹木の剪定や、その剪定で出た木を利用して炭焼き体験を行ったりしました。

 出来上がった炭は、土壌改良材として使用されました。

 校歌にも歌われているように、「田園の丘に建つ」緑の多い小学校の土手に、「ひろと」の文字にさつきが植えられました。これから先、学校のシンボルとなっていくでしょう。

この時の写真などは後日、
ローソン緑の募金と緑化貢献事業紹介されると思います。
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【2009/01/22 10:29 】 | 一息| comment(0)| trackback()
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三十六 圓福寺のしだれ桜 【矢中】
36.jpg 圓福寺のしだれ桜は福島交通竜生行、八幡前バス停留所から東へ徒歩で約5分の道路脇に矢中菩提寺山門が建っている後方東に桜が見える。

 本寺は県内百八地蔵尊霊場めぐりの一寺に数えられる幽玄な寺で、真言宗智山派那智山不動院圓福寺(皆川住職)と称し、寺は高台に位置している。東方には、山門から眺められたしだれ桜が、樹冠を大きく広げ傘状な枝ぶりは見事である。

 桜は推定樹齢250年~300年と思われ、四季折々の樹様を見せてくれる。目通り2.3㍍、樹高11㍍位で、地上2.5㍍の所から三つ又に分かれ、太い枝が均整良く垂れ下がっている。老樹が、満開に花を咲かすとそれは正に豪華絢爛、言葉では言い表せないほど美しく優雅で、通行人も思わず足を止めて景観を楽しんでいる。

 昔の人はこの桜の花を咲くのを見ながら種蒔き準備を進めたので、今でも一部の人は種蒔き桜と呼んでいる。
【2008/12/24 09:18 】 | 牧本| comment(0)| trackback()
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三十五 八幡さまの樅(もみ)の木 【郷戸】
35-1.jpg 福島交通の竜生行バスで、八幡前停留所で下車すると、若宮八幡神社境内の東側に樅の木が堂々とそびえている。その様は天を突くように、のびのびと思う存分育ち頼もしい。

 享保4年(1719年)に神社が火災に遭い、その後明和5年(1768年)に再建された際、植えられたという説もあるが、定かではない。

 あまりにも大きい。境内には数十本の杉の巨木もあるが、樅の木は四方八方に枝をのばし近りの木々を圧倒している。

樹高約32㍍、目通り3㍍66㌢、樹齢推定220年余り、昭和58年2月、県緑の文化財第226号に登録された貴重な木でもある。
35-2.jpg
 また、神社裏にそびえている「神木」五葉松は目通り4.20㍍樹高約32㍍にして、県緑の文化財第225号として登録され東北随一と思わせる松であったが、平成5年初夏、害虫被害を蒙り残念ながら姿を消した。

木村宮司も夢いくばかり落胆、社木については淋しい様子で口を閉じたままでした。

【2008/12/24 09:15 】 | 牧本| comment(0)| trackback()
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三十四 矢中の夫婦松 【矢中】
34.jpg 福島交通の竜生行きバスで矢中停留所下車、歩いて約2分。会津街道の街道沿いにそびえている松が目についてくる。

 この松は『寿々乃井』酒造さんの所有であり、当家は江戸時代から代々造り酒屋を営んでいる。

 その酒蔵の前に、赤松(めまつ)と黒松(おまつ)を門構えとして植えたといわれている。

 黒松の目通り2.2㍍、樹高約18㍍、赤松の目通り3.1㍍、地上より3.4㍍のところより二股に別れ、「山の神」神木と思わせる。

 古松は樹皮が厚く威厳を保っており、樹冠は店蔵や路上まで伸び覆いかぶさり、夏は涼しく山から湧き出る清水を旅人が飲み、ノドを潤す姿が見られたという。

 何百年もの年輪を経て、風雪に耐えながら堂々と伸びた歴史と、伝統を感じさせる名松である。
【2008/12/20 14:52 】 | 牧本| comment(0)| trackback()
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三十三 京谷原の太郎松 【京谷原】
33.jpg 白河街道・上小屋を通り広域岩瀬農道の手招き坂から近道して安養寺から後藤の八幡様を参拝し、山道を矢中集落へと急ぐと京谷原に入ります。

 京谷原には、金比羅神社を祭りその麓に、有名な涌井の清水が噴水しています。この清水は普通の清水と異まり、沼の底から間歇的に「プクプク」と音を立てて、きれいな砂を吹き上げています。

 沼の一辺には原生林かと思わせる古木が水中に浮かび見る人に幽玄な印象を与えます。清水は、昔から変わることなく流れ、堀には「たかな(クレソン)」が生い茂り、正月には住民たちに喜ばれています。

 さらに、道を歩くと道路わきに巨大な太郎松が現存し、今は枯れてしまったが種まき桜と呼ばれた桜がそのわきに植えられていました。

 この松はとても大きく、目通り3.4六㍍、樹冠は東西22㍍で郡下でもまれです。松の下は、憩いの場所にもなり「ロマンス」も生まれたと伝えられています。

 また、太郎松は文治元年(1185年)の源平の戦いに扇の的を射落とした武将那須の与一の乗った愛馬がこの矢中の永山家に生まれ、京谷原で育ったといい伝えられています。
【2008/12/20 14:49 】 | 牧本| comment(0)| trackback()
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