樹との出逢い
『わがふるさと天栄村での樹との出逢い』より
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(11/30)
一 神聖な「くり」の木 【沖内】
(11/30)
二 高林の榧(かや) 【高林】
(12/01)
三 永源寺の樫の木 【飯豊】
(12/01)
四 珍木サイカチ 【飯豊】
(12/02)
五 同期の桜 【太多郎】
(12/02)
六 薬師堂の銀杏の木 【太多郎】
(12/03)
七 吉祥院のしだれ桜 【中屋敷】
(12/03)
八 板宮神社の檜(ひのき) 【白子】
(12/04)
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[10/07 sato]
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【2026/03/25 05:54 】
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七 吉祥院のしだれ桜 【中屋敷】
白子地区中央、福島交通の須賀川~竜生線バスの中白子バス停前から北側に続く石畳を歩くていくと、前方にしだれ桜の優美な姿があらわれる。
吉祥院は白子地区の菩提寺として永禄2年(1559年)真言宗富相山長福寺として建立された歴史のある寺である。
このしだれ桜は、戦国時代にこの地域を治めていた、須賀川城主二階堂氏の家臣、矢田野伊豆守から当時の住職良堯が祈念樹としてもらい受け、現在の場所に手植えしたと伝えられている。
その後、長い年月を経て、戦後は、地元の老人会の皆さんの温かな桜への
思いやりで管理されてきた。樹齢推定440年、樹高約15㍍、目通り3.55㍍もあり、淡いピンク色の花が咲いている太い枝が四方にかさ状に垂れている様は「美しい!」の一言。
昭和58年2月、県緑の文化財第217号に登録されている。
昔から付近の人々は、この桜の花の咲く具合を見て、農作物の種子を蒔く目安にしていたので別名『種蒔き桜』と呼んでいた。
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【2008/12/03 10:04 】
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広戸
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六 薬師堂の銀杏の木 【太多郎】
薬師堂の銀杏の木は太多郎集落の東部県道に、通称安藤坂から北側に入り約100㍍の所に位置している。昔白子集落に疫病が発生し、たちまちに蔓延し全滅の状態で危うくのところ、弘法大師が通りかかり邪気を払い、苦しむ住民の難を救ってくれたと云う。
後日その恩に報いるため、白子集落の東西入口には大像を祀り、遍照金剛を享和元年(1801年)に建て、その脇には歯の痛む人を治すイボとり地蔵様、子授け安産の神子安様が祀られ、信心するとお産が軽くなるという、尊い伝説が残る碑が建っている。
薬師堂内には瑠璃光如来『寛永15年(1638年)の年号』と子安観音様が安置され、信仰すると願いが叶い母子共に健康で、子無くば授けてくれるという、うれしい言い伝えがある。
お堂前には、巨木銀杏の木がうっ蒼と茂り枝は四方に延び、昼でもお堂は薄暗く木は主らしく威厳を保ち堂々とそびえている。
樹齢約300年、目通り3.65㍍、樹高約23㍍で横枝から乳房のように垂れている。秋には黄金色に染まり、夕焼けに一層色鮮明な実をギッシリと枝に付ける。
銀杏は栄養があって母子共に健康を保つと、二人の矢部さんは銀杏と薬師様信仰の話を元気良くしてくれた。
【2008/12/03 09:18 】
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広戸
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五 同期の桜 【太多郎】
桜の古木は一般に、公園や城山に多く見られるが、太多郎地区には県道沿いに、同期の桜と呼ばれている古木がある。
一つは故陸軍少佐鈴木氏所有、もう一つは車田さん宅のもので、義父は大正3年、岩手県盛岡騎兵連隊に入営し当時は軍人として花形でした。
「花は桜か、人は武士」といわれ、戦前、人々にもてはやされた。男性は皆兵隊に行くのが名誉であり、我先にと意気込んでいた。
当時は日清日露戦争後のことで軍縮時代とあってか、容易に入営できず、車田さんは兵隊の花形、騎兵の姿は実に勇壮で女性のあこがれの的だった。
また鈴木氏は、雪国新潟県高田の砲連隊に入営し、幹部候補生となり、たちまち将校に任官となって、広戸村人初の将校が誕生した。
第二次世界大戦になり、陸軍少佐に任官されたが、戦いに敗れ永遠に帰還できない人となった。桜の花は4・5日の短命ですが、兵隊も戦場によっては、パッと散る運命にあった。
この桜は目通り2.15㍍、樹高約10㍍、樹冠は東西に伸びていたが、住宅新築のため切られ、ゆっくりと時が流れ時代が変わってきているのだと、感慨深い気持ちになる。
【2008/12/02 09:48 】
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広戸
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四 珍木サイカチ 【飯豊】
飯豊のサイカチは部落の中央豊香島神社入口の南、医師小針さん所有の敷地内にあり、現在は部落の老人たちがゲートボール場として使用しているがその一角には、香り高い銀木犀が日向になりあるいは日陰になり、憩いの場所となっている。
巨木サイカチは、うっ蒼として幹にはトゲが生えているが、枝をひろげ天を仰ぎ威勢よく成長をつづけている。
樹木は推定樹齢270年と観測し、目通り3.15㍍、樹高約21㍍で、6月には若葉茂る間から淡黄色の花が咲き、実りの秋には長さ25㌢㍍ぐらいの実が成熟し、そよ吹く秋風に落とされ住民達は恵みの石鹸として用いていた。
サイカチは昔から、衣類の洗濯をはじめ、日常生活の油の汚れ物や女性のたしなみや、洗髪に良く効き重要な品物であったという。
特に結婚式の振る舞いには漆塗りの広蓋、高お膳、食器などの洗い物に良く用いられ、「昔丸まげ姿で、お椀のふきかたなど、教えてもらったあのころが一番懐かしい」と坂本さんと大河原さんが話してくれた。
【2008/12/02 09:41 】
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広戸
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三 永源寺の樫の木 【飯豊】
飯豊永源寺の樫の木は、集落東方の小高い所に立地し、境内を覆い尽くすようにして、枝を四方に伸ばし、うっ蒼と繁っている。いくら炎天下でも日差しをさえぎり、涼しさを感じさせてくれる。
古来から崇められてきた樫の木は、樹齢約四百年という。目通り3.8㍍、樹高約20㍍位で、昭和58年2月県緑の文化財第210号に登録されている。
この樫の木は「シラカシ」と言って、北国に自生はなく、北は新潟の北部や仙台位までで、永源寺の樫の木は貴重な木である。
住民たちはお盆ちかくになると、朝の涼しいときにと、三々五々と集まり、寺掃除に励み、木陰で休んでいると、木のうえでアブラゼミが鳴きわたり、今日も暑くなる「ゾー」と予告して、元気良く鳴いている。
老人たちはこの庭でやぐらなどが懐かしく、若きし頃を思い出し、樫の木を眺めながら盆踊り唄などに花を咲かせていた。
【2008/12/01 09:54 】
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広戸
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